松山の花

2008年6月27日 (金)

松山で古代ハス咲く

Kodaihasu1松山市南斎院(みなみさや)町の松山市考古館で、中国の大連市で出土した約1000年前の種から育った古代ハスが、ピンク色の花を次々と咲かせています。中国の大連観光訪問団から1996年に松山市に贈られた古代ハスの種を市農業指導センターが発芽させて株分けしたもので、考古館では98年から栽培しています

Hasu2午前6―11時ごろに開き、3日ほどで散るが「花びらの色は徐々に薄くなり、日によって違う美しさがある」という。考古館の玄関前の水槽で約20株が開花し、見頃は7月いっぱいまで続くそうです。

松山市考古館では、ハスの写真やハスに関する古代の遺物も展示していますよ。(松山市YS) ハスが咲く瞬間にポンって弾けるような音がしますよ。

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2008年6月10日 (火)

松山の「はなしょうぶ」見頃です

Joururi2_3 松山市の浄瑠璃町の第四十六番札所・浄瑠璃寺近くにある「花菖蒲園」で、約1万株の「はなしょうぶ」が見ごろです。同園は、地元住民や老人クラブなどでつくる「菖蒲を愛する会」が2カ所の休耕田約1000平方メートルを借り、協力して草引きや施肥などの世話を続け10年以上前から栽培しています。

Joururi1_2 今年は5月下旬から咲き始め、現在5分咲き。白や紫、青の花を眺めたり、匂いをかいだりしながら6月20日ごろまで楽しめそうです。同会では「丹精した花を多くの人に見てほしい」と話しています。Joururi3_2

浄瑠璃寺境内には、樹齢約1000年のイブキビャクシンの大木がそびえている。これは弘法大師が加持したものといわれており、松山市の天然記念物にも指定され、いつの時代も延命、豊作を願う人々の信仰を集めている。一帯は遍路の元祖といわれる衛門三郎の故郷。境内には「永き日や 衛門三郎 浄瑠璃寺」という正岡子規の句碑がある。(松山市FY)

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2008年5月29日 (木)

松前の塩屋海岸「浜昼顔」

Masakihamahiru アサガオは、朝に咲いて昼にしぼむ。ヒルガオは、昼間に咲いて夕方にしぼむ。ヒルガオに似た花で、浜辺に咲くからハマヒルガオ。松前の塩屋海岸で、アサガオのような淡いピンクの花を咲かせ、初夏を告げる花です。開花時期は、 5/15頃~10/10頃。晩春から秋まで長い間咲き続ける。葉は小さく浜辺の砂地を這う。Hamahiru01 

浜風に時に激しく、時に優しく揺れて咲く。朝顔もヒルガオ科の植物。アサガオのような白い筋模様が入っていて、ツボミもアサガオに似ている。松前の塩屋海岸は、松山と松前の境を流れる重信川の河口に近く、松山空港を離発着する飛行機の見物に最適です。

昼顔の花に干(かわ)くや通り雨 子規

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2008年5月21日 (水)

「ナンジャモンジャの木」

Hitotubatago1 松山の一番町交差点から松山城へ向かうロープウェイ街を歩くと、初夏だというのに街路樹が雪を被ったように見える。松田優作ではないが、「ナンジャこりゃ」と思わず叫びたくなるが、観光客や買い物客も「ナンジャろかっ」と見上げている。地元のおじいさんが「ナンジャモンジャの木ぃよ」と言う。どうしても今ごろ積もる筈の無い雪が積もったように見える。おばあさんが「モクセイ科でヒトツバタゴっていうんよ」と親切に教えてくれた。Hitotubatago 

2年ほど前に路の両側に17本を植えたが、東雲神社にあるのは松山市の指定の天然記念物だと言い、雨が降ると散るけん、今のうちにめでてもらいたいと言っていた。さっそく越智町の古老に教えて差し上げようと電話したが、逆に東京大学の三四郎池の近くや小石川に、大きなナンジャモンジャの木があると教えられた。越智町の古老の博識にはいつも驚かされるが、古老はいったいナニモノ(ナンジャモンジャ)coldsweats01だろうか。

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2008年4月12日 (土)

西法寺の伊予薄墨桜

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[和名イヨウスズミサクラ]

天武天皇の御代、皇后がご病気の折、勅命があり、この寺一山をあげて祈とうしたところ、平癒されたので、天皇は大変喜ばれて勅使をつかわされ、薄墨の綸旨に桜の木をそえて下賜されたという、これが薄墨桜の祖であり、現在は三代目にあたる。

西法寺薄墨賢衛御住職(住職一家が薄墨姓である)のお話では初代の薄墨桜は800年ほど栄え、二代目は400年ほど栄えたとのことである。ヤマザクラの変種で、花径は3cmぐらい、花弁は16枚の八重咲き、色は白色で微紅をおび極めて上品な銘木である。その名を1300年も称え親しんできたという事も大きな財産であり、花の麗しさは人々の優しさにもうつされる。

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『伊予節』の松山名所尽くしに「薄墨桜や緋のかぶら」とうたわれた名桜である。

西法寺(さいほうじ)住所・松山市下伊台町969電話番号 089-977-0037

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2008年3月22日 (土)

「たれゆえそう」

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「こかきつばた」は、(和名 エヒメアヤメ、別名 タレユエソウ) 花の茎が515cm、花の直径は34cmとアヤメ科 アヤメ属の中では日本で最も小さい。エヒメアヤメは、故牧野富太郎博士が愛媛県の腰折山で発見し名づけた。自生南限地とされ国指定の天然記念物に指定されている。「こかきつばた」は、伊予節や地元の人たちが呼んでいる方言名である。

伝 説

 

「たれゆえそう」とお姫様

 

 むかし、昔、お姫様と乳母とお供の侍が乗った小舟が、浅海(あさなみ)の海岸に流れ着いてのう。この人たちは追われの身で、里人たちに、かくまってくれるように頼んだんじゃそうな。そしたら、里人の一人が、「腰折山に岩屋があるけん、そこなら人目につかんので、追っ手に見つかることもなかろう」と言うて、岩屋を教えたんじゃそうな。それから、お姫様ら三人は、腰折山の岩屋に住んどりよった。
月日も流れ、ある日のこと、お供の侍が、用事があって留守をしているところへ、追手の侍がやって来て、ついに、お姫様も乳母も、斬られてしもうたんじゃそうな。
何年かたって、ある春のこと、岩屋の前を里人が通りよると、見たこともない美しい花が咲いとんのよ。そいで、あのお姫様の生まれ変わりじゃないじゃろうかと、噂するようになったんじゃ。それから、誰いうともなしに、この花を、「たれゆえそう」と、呼ぶようになったんよ。

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