夜中に、突然の爆裂音とともに地鳴り。そして閃光。春の雷が気候の変わり目を告げている。学生時代、目の前の電柱に雷が落ちて以来、雷は大嫌いである。両親が年老いてから生まれたからか、親父からも雷を落とされたことは無かった。春の初めに鳴る雷は、春の到来を告げる大変めでたい雷とされ、その雷により雨が降り農民にも喜ばれると聞いたことがある。また、はじめて鳴る春雷を初雷(はつなり)といい、雷鳴に驚き冬眠していた地中の虫たちの目を覚まさせる「虫出しの雷」ともいわれている。
きょうは二十四節気の「啓蟄」である。古来、中国では「二十四節気七十二候」という季節区分が行なわれていた。太陽の周りを地球が一周する一年を360度に区切り15度ずつを「一気」として、二十四節気。それを三等分したのを「一候」とし72あるので「七十二候」という。「気候」ということばはここからきている。七十二候では「蟄虫咸動きて、戸を啓きて、始めて出づ」とある。蟄虫は地面の中に冬眠している虫という意味で、蟻、蜘蛛、蛙、蛇など「虫へん」のつく類が長い冬眠から覚めて、地上に出てくるさまを表わしている。
日本では、虫は自然発生する小動物の総称とされ「虫へん」のつく蛇は虫の中には入っていない。しかし、中国の陰陽五行で季節に生物を配分した五虫において、春は鱗虫(蛇魚等)、夏は羽虫(鳥等)、秋は毛虫(獣等)、冬は介虫(蟹等)とされ、中央に裸虫(人間)が配されている。中国では虫偏のついた蛇も虫として扱われていることから、日本では、ムシの中の虫、真のムシという意味で「真虫(まむし)」と呼ばれるようになった。愛媛では、まむしを「ハメ」というが、蛇を虫とせずにハメをはずしたのだろうか。
道路端にある「ハメ注意」の看板にはご注意ください。まむしがいます。
啓蟄の蟻が早引く地虫かな 高浜虚子
高浜虚子 本名、高浜清。1874年(明治7年)松山市に元松山藩士の4男として生まれる。中学時代に河東碧梧桐と同級になり、碧梧桐の紹介で正岡子規と知り合い、俳句を兄事した。 1893年第三高等学校に入学したが、翌年退学。上京して子規庵に住んだ。 1897年「ホトトギス」の創刊に子規とともに参加。翌年からは高浜虚子が中心となった。「ホトトギス」は夏目漱石の『吾輩は猫である』を掲載するなど次第に散文に移り、自らも散文を活動の中心にうつした。1902年に子規が没すると俳句の創作をやめ、小説に没頭した。 1954年文化勲章受賞。後進の指導にもつとめ、「ホトトギス」からは水原秋桜子、山口誓子、高野素十らを輩出した。
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