南予で見つけた「琴姫さま」
昭和43年から昭和48年にかけてボンカレーのCMに、和服姿の上品な女性が出演していた。その女性の名は松山容子。本名:田中(旧姓・出井)曠子。昭和13年11月30日松山市生まれで、松山南高を卒業してすぐ松竹のニューフェースになる。昭和35年から若衆姿、お姫様姿、股旅姿、忍び姿、芸者姿、覆面姿、着流し姿、鳥追い姿、腰元姿、法被姿、お遍路姿、などの扮装をして、気ままな旅をつづける男装・女装のお姫様、琴姫が事件に巻き込まれ、危難に会いながらも華麗な七変化で悪者を懲らしめる。『琴姫七変化』可憐な容姿と太刀さばき(柳生新陰流免許皆伝)の美しさ、少年期に見た「琴姫様」の凛々しい美しさをご記憶の方も多いと思います。松山容子はお姫様女優としてお茶の間の高い人気を誇り、その後も「旅がらすくれないお仙」などに連続して主演していました。
映画関係者の間では『殺陣のうまい女優として、松山さんの右に出る人はいません』と言われていた。昭和46年に劇画家の棚下照生氏と結婚を機に引退したが、昭和30年代から40年代半ばにかけて、一世を風靡した時代劇の大スターでした。ボンカレーのCMは昭和43年に撮影され、5年間放送された。
同時期に作られた看板は全国の小売店に95,000枚配布され、テレビのCMとの相乗効果でボンカレーは爆発的に売れ、製造元の大塚食品は一躍メジャーになった。ちなみに二代目は笑福亭仁鶴、「大五郎三分間待つのだぞ」三代目は松坂慶子。沖縄では、松山容子さんのボンカレーでないと売れないとのことで、今も松山容子さんの「ボンカレー」が発売されているそうです。この看板を観て「松山容子」=「琴姫様」との思い出を抱くのは、私だけだろうか。
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